2018年1月15日月曜日

Sophie von Kowalevsky

Sophie von Kowalevskyについて 

 ソフィア・コワレフスカヤ について何度かツイートしたものをまとめたものです。
基本的に無料で読めるものはリンクを付けていますが、Astronomische Nachrichtenだけ無料で公開されているものがわかりませんでした。

1. 学位論文 

学位論文はコーシー・コワレフスカヤの定理に関して
Sophie von Kowalevsky
Zur Theorie der partiellen Diferentialgleichungen
G\"ottingen, Univ., Diss., 1874

出版されたバージョン
Sophie von Kowalevsky
Zur Theorie der partiellen Differentialgleichung,
Journal für die reine und angewandte Mathematik 80 (1875), 1--32 [Journal article]

2.初期の論文

Kowalevski, Sophie,
Über die Reduction einer bestimmten Klasse Abel'scher Integrale 3ten Ranges auf elliptische Integrale,
Acta Math. 4 (1884), 393-414.

Kowalewsky, Sophie,
Zusätze und Bemerkungen zu Laplace's Untersuchung über die Gestalt des Saturnringes.
Astronomische Nachrichten 111 (1885), 37--48.

3. 結晶体における光の屈折に関する研究

1882年から彼女は結晶体における光の屈折に関する研究に打ち込み、3本の論文を執筆する
Kowalevski, Sophie
Über die Brechung des Lichtes In Cristallinischen Mitteln, Acta Math. 6 (1885), 249--304,

Kowalevski, Sophie
Sur la propagation de la lumière dans un milieu cristallisé, C. R. Acad. Sc. 98 (1884), 356--357.

Kowalevski, Sophie
Om ljusets fortplantning uti ett kristallinskt medium , Öfversigt af Kongl. Vetenskaps-akademiens forhandlingar. 41 (1884) n.2 119--121.

4. コマに関する研究

いわゆる「コワレフスカヤのコマ」に関する主論文
Kowalevski, Sophie,
Sur le probleme de la rotation d'un corps solide autour d'un point fixe, Acta Math. 12 (1889) 177--232.

上記論文とだいたい同じでフランス科学アカデミーに提出したバージョン
Sophie de Kowalevsky,
Mémoire sur un cas particulier du problème de la rotation d'un corps pesant autour d'un point fixe, où l'intégration s'effectue à l'aide des fonctions ultraelliptiques du temps,
"Mémoires présentés par divers savants à l'Académie des sciences de l'Institut national de France", 31, 2e série, n°1, 1894, p. 1--62

Kowalevski, Sophie,
Sur une propriété du système d'équations différentielles qui définit la rotation d'un corps solide autour d'un point fixe, Acta Math. 14 (1890), 81--93.

Kowalevski, Sophie,
Sur un théorème de M. Bruns, Acta Math. 15 (1891). 45--52.

5. おまけ

コワレフスカヤの名前の表記は悩ましいのですが、
Sophie von Kowalevsky (Crelle)
Sophie Kowalevski (Acta Math, 5本)
Sophie Kowalewsky (Astro. Nach.)
基本的にはActa Mathで使われた Sophie Kowalevski が無難なのかもしれません。

2016年5月4日水曜日

いわゆるガウス積分

正規分布を表す曲線 y=exp(-x^2) を実数全体で積分した値

       
は正規分布などを考察する上で基本となるもので、通常は理工系大学1年の終わり頃に微積で習うことが多い。

この積分は、ガウス積分(Gaussian integral)と呼ばれることが多い。後で述べるようにこの積分を発見したのはラプラスPierre-Simon Laplace)であり、なぜガウス(Carl Friedrich Gauss)の名前で呼ばれるようになったのかよくわからないが、数学に出てくる対象は発見者の名前がつかないことが多いので珍しいことではない。

ガウス積分の発見

ガウスは1777年4月30日生れ1855年2月23日死去であり、早熟の天才ではあったがさすがに主要な業績は正17角形作図可能性を示した1796年以降になる。他方でラプラスはガウスの生れる前、1774年の記念碑的論文
PS Laplace,  "Mémoire sur la probabilité des causes par les événemens,"  Mémoires de l'Académie royale des sciences presentés par divers savans 6, 1774, p. 621--656. Oeuvres 8, p. 27--65.
でこの正規分布の積分を計算した。全集t.8 p.36に示されているがStephen M. Stiglerによる英訳もある。ここでの計算は少しわかりにくい。

ガウス積分の計算

Steven R. Dunbar, Evaluation of the Gaussian Density Integral に何通りか証明が紹介されているので参照して欲しい。

ポアソンの方法

ガウス積分の計算方法で現在最も普及していると思われるのは積分を二つ掛けて重積分とみて、極座標に変換する方法である(上記 Dunbar のp.3の下の方から)。
この計算法を見いだしたのはポアソン(Siméon Denis Poisson)であるが、ポアソンの原論文は分からない。ポアソンの方法を広く紹介したのはスツルム(Charles François Sturm)で、彼の著わした微積分の教科書"Cours d'analyse de l'École polytechnique" vol..2 (1859年)のp.16以降に紹介されている。
このポアソンの証明がその後大きく普及したためか、ガウス積分のことをポアソン積分と呼ぶこともある。ただ、ラプラシアンのディレイクレ問題に表れるポアソン積分と混同しやすいのでさほど一般的ではない。

ポアソンの方法は極座標変換のありがたみをわかりやすく教えてくれるよい例になっているが、ヤコビアンが出てくるところは大学数学になる。
実はガウス積分の計算は高校数学のちょっとした延長でできる(広義積分とか二重積分の順序交換可能性は黙って認める)。

ラプラスの別方法

実はラプラスは1774年の最初の証明の後、別証明を与えている。1812年に出版されたこれも歴史的に重要な本"Théorie analytique des probabilités" (邦訳・ラプラス確率論 現代数学の系譜・共立)のp.96の一番上の式である。本の書き方はわかりにくいが、上記 Dunbar のp.4がわかりやすい。要するに同じようにガウス積分の2乗を考えているが、一変数の置換積分しかやっていないので高校生でも理解できる。

回転体と見る

三番目の方法は z=exp(-x^2-y^2) という曲面を、曲線 x=√(-log z) (0≦z≦1) をz-軸周りに回転させたものと思って回転体の体積の計算を行うものである。上記 Dunbar のp.5に書かれている。この証明は誰が見いだしたかよく分からない。Dunbarは2005年に S. P. Evesonという人が発見したと書いているがもっと以前からあるのは確かである。

一変数の積分として計算

以上の方法は本質的にはすべて重積分の計算になっている(回転体も本来は重積分による体積計算である)。ガウス積分は一変数の積分なので重積分を使わないで証明できないのかと考えるのは自然である。一変数の積分だけで証明しようとするとかなり大変だが可能であり、上記 Dunbar のpp.6-7に書かれている。
ここで証明の鍵になるのはウォリスの積公式


である。この証明を誰が見いだしたのかはよくわからないが、かなり前から知られていたのは確かである。ウォリスの積公式じたい sin^n x の定積分からの極限として得られるが、この積分はガンマ函数で表示でき、Γ(1/2)はガウス積分に変換できるので、逆にガウス積分がわかればウォリスの積公式が導かれる。

留数定理による計算

ガウス積分を留数定理を用いて計算することは困難だと昔は考えられていた、たとえば、
G.N.Watson の"Complex Integration And Cauchys Theorem" (1914)の一番最後には「ガウス積分はコーシーの積分公式では求まらない」と記してある。逆に「コーシーの積分公式を使って求まる定積分は、リーマンによる積分定理の証明から必ず重積分で求まることがわかる」とも書かれている。そして、Watsonの本を参照したであろうE.T. Copsonの"Theory of the Functions of a Complex Variable"(1935)にも同様のことが書かれている。

しかし、1949年のGeorge Pólya "Remarks on Computing the Probability Integral in One and Two Dimensions" の5節に exp(πiz^2) tan z の複素積分を用いてガウス積分を求める方法が示されている。実は、すでに
L. J. Mordell: 'The Value of the Definite Integral, Quarterly J. Math. 48 (1920), 329-342. 
でもガウス積分を含むより一般の定積分を複素積分を用いて計算してある(未見)。詳しくはPeter M Lee "The probability integral"を参照されたい。


以上のようにガウス積分の求め方は色々あって、逆に言うと解析学の道具の良い実験材料になっている。

ガウス積分とスターリングの公式

ガウス積分はスターリングの公式の√2πとも関係がある。n!~c・√n・ e^(-n)・ n^n となる定数cの存在を示したのがド・モアブル、c=√2π であることを求めたのがスターリングである。この辺の事情については、統計学のカール・ピアソンによる解説
を参考にして欲しい。




2015年4月12日日曜日

クロネッカーのデルタ

クロネッカーのデルタ 

        δij = 1 (i =j),  =0 (i ≠j)

は、線型代数やテンソルなどでおなじみである。しかしながら、原典が何かとなるとはっきり書いてあるものを見ない。

Earliest Known Uses of Some of the Words of Mathematics は数学用語の初出を調べるには便利なサイトである。しかし、KRONECKER DELTA の項目には

The term KRONECKER DELTA is found in 1926 in Riemannian Geometry by Luther Pfahler Eisenhard: "These are called the Kronecker deltas and are used frequently throughout this work." The term is used because Kronecker used the construction in his lectures. [Joanne M. Despres of Merriam-Webster Inc.]

とあるだけである。

クロネッカーの原論文

レオポルト・クロネッカーLeopold Kronecker) の全集(全5巻、第3巻は2分冊)をざっとあさると1882年の

Leopold Kronecker, "Die Subdeterminanten symmetrischer Systeme",
Monatsberichte der Königlichen Preussische Akademie des Wissenschaften zu Berlin (1882), 821--824 (Werke v.2, p.391)

に,今で言うクロネッカー・デルタそのものが使われていることが見て取れる:



他にも、1890年の論文 "Über orthogonale Systeme" でも使っているWerke v.3-1, p.373。すでにリンクさせているが、クロネッカー全集は弟子の一人であるクルト・ヘンゼル(Kurt Hensel)によって編集されており、全5巻をオンラインで読むことが出来る。

クロネッカー以前に、同様の記号を考えた人がいないのかどうかまでは分からない。線型代数の歴史は17世紀頃から、日本の関孝和、ライプニッツらによる行列式の話に遡ることができるが、実質的に行列式の理論ができていったのは18世紀以降であろう。さらに、連立一次方程式の係数をひとまとめにして「行列」と見ることが出来るようになったのは19世紀半ばからである。


クロネッカー以前の線型代数

線型代数の話の中で「Matrix」(母なるものなどの意味)という用語を最初に用いたのは Joseph Sylvester で1850年である:

"Addition to the Articles, 'On a New Class of Theorems,' and 'On Pascal's Theorem.'" Philosophical Magazine 37 (1850): 363-370. (The collected mathematical papers of James Joseph Sylvester, v.1, p.150)


シルベスターの仕事の中で「行列」はいくつか表われているが、本格的に行列論を展開したのは
Arthur Cayleyである:

"A Memoir on the Theory of Matrices",
Philosophical Transactions of the Royal Society of London,  148 (1858), pp. 17--37 (The collected mathematical papers of Arthur Cayley, v.II p.475)

この論文の中で、今で言うHamilton-Cayleyの定理が証明抜きで述べられている:

   I have not thought it necessary to undertake the labour of a formal proof of the theorem 
in the general case of a matrix of any degree.

は名言?であろう。しかし、おそらく大陸の数学者たちはこのケイリーの仕事の多くはEisensteinやHermitの2次形式の理論などの形ですでに知っていたと思われ(Hamilton-Cayleyの定理はのぞく)、証明抜きのケイリーのスタイルはすぐには大きな影響をおよぼさなかったようである。

むしろ、独自に行列の理論を展開したものとして、

E. Laguerre,  Sur le calcul des systèmes linéaires (Extrait d'une lettre adressée à M. Hermite) J. École Poly, T25, C. XLII, 215-264; 1867.

G. Frobenius,  "Ueber lineare Substitutionen und bilineare Formen" Crelle J. 84 (1877), 1-63.

等がある。ガロア理論の解説書


にも行列の理論が少し解説されている。

クロネッカーが、彼の名前をつけたクロネッカー・デルタを用いた1882年ごろは、ようやく行列の理論が整備された頃で、クロネッカー以前に同様の記号を用いた人はあまりいなかったかもしれない。

クロネッカー以後

L. P. Eisenhard の"Riemannian Geometry"(1926)を見ると確かに2ページ Kronecker deltas が表われている。他にも  Oswald Veblen の"Invariants of Quadratic Differential Forms"  (1927) の3ページにも Kronecker deltas という言葉が使われており,この時期すでに一般的な用語であったことが推測できる。おそらく、線型代数だけではなく、不変式論や微分幾何などで普通に使われていたと思われる。残念ながら、誰がいつ頃から Kronecker delta と言い始めたのか、私には分からない。




2014年11月28日金曜日

人間精神の名誉のために

Carl Gustav Jacob Jacobi (1804年-1851年) の言葉「人間精神の名誉(l'honneur de l'esprit humain)」は、André Weilの『数学の将来』 "L'avenir des mathématiques" (1947) にも引用されている。この論説は翌1948年に彌永昌吉氏によって翻訳されており、ガリ版刷りのものを読んだ数学関係者も多いであろう。


Jean Dieudonneもこの言葉を好んだようで、"Pour l'honneur de l'esprit humain : Les mathématiques aujourd'hui" (1987) という著書もある。この本は高橋礼司氏によって翻訳もされている「人間精神の名誉のために―数学讃歌」(1989、岩波書店)。

Jacobiがこの言葉を述べたのは、1830年 7月2日のLegendreへの手紙の中である。Jacobi全集第一巻p.455に収録されている。Jacobiはドイツ人であるが、手紙の原文はフランス語のようである。少し長いがこの言葉を含む段落を引用しよう:
J'ai lu avec plaisir le rapport de M. Poisson sur mon ouvrage, et je crois pouvoir en être très-content; il me parait avoir très-bien présenté les deux transformations. qui, étant jointes entre elles, conduisent à la multiplication des fonctions elliptiques, en quoi il a été guidé sensiblement par vos suppléments. Mais M. Poisson n'aurait pas dù reproduire dans son rapport une phrase peu adroite de feu M. Fourier, où ce dernier nous fait des reproches, à Abel et à moi, de ne pas nous être occupés de préférence du mouvement de la chaleur. Il est vrai que M. Fourier avait l'opinion que le but principal des mathématiques était l'utilité publique et l'explication des phénomenes naturels; mais un philosophe comme lui aurait dù savoir que le but unique de la science. c'est l'honneur de l'esprit humain. et que sous ce titre, une question de nombres vaut autant qu'une question du système du monde. Quoi qu'il eu soit, on doit vivement regretter que M. Fourier n'ait pu achever son ouvrage sur les équations, et de tels hommes sont trop rares aujourd'hui, même en France, pour qu'il soit facile de les remplacer. 
青くハイライトしたところが当該箇所であるが、Jacobiがこの言葉を述べたのは、Fourierの意見「数学の主要な目的は公共の利益と自然現象の解明である」に反論したものである。Joseph Fourierは1768年3月21日生まれ、この手紙を書く少し前の1830年5月16日に死去している。

この段落の前半に熱伝導に関して先取権の争いが、FourierとAbelやJacobiの間であったことも述べられており、FourierにJacobiが良い印象を持っていなかったのかもしれないが、私は他の文献を知らないのでわからない。Fourier死後まもなくLegendreに送った手紙にはnegativeなことを書いていたことは確かである。

2014年3月15日土曜日

円周率の話

円周率の話

3月14日は過ぎてしまったが、円周率の話。よく知られるように、πは超越数であるが、この超越性の証明は難しい。無理数性の証明は古くから知られ、最初に行ったのはJohann Heinrich Lambert で1762年である。

 Mémoire sur quelques propriétés remarquables des quantités transcendentes circulaires et    logarithmiques. Histoire de l'Académie (Berlin, published 1768) XVII: 265–322.


であるが、読みにくい。archive.orgのほうが読みやすい。さらに超越性の証明を行ったのがCarl Louis Ferdinand von Lindemann (1882)であり、論文のタイトルもシンプルである:

  Ueber die Zahl π, Math. Ann. 20 (1882) , 213--225

その後もいろんな証明があるが、きわめて簡単なものがIvan Niven によるたった1ページの証明である

 A simple proof that π is irrational. Bull. AMS 53 (1947) 509

1ページしかないので、解説を加えて行間を埋めたサイトがいくつかあるが、それは野暮というものである。おそらくNivenはあえて1ページに収まる形に書いて「simple proof」としたに違いない。
ハーバード大学数学教室でほぼ毎年行われる pi contest のサイトにも解説だけでなく、Nivenのたった1ページの論文が画像として貼られている。

Nivenの精神を尊重して、140文字・1ツイートにまとめたのが次:


Nivenの積分を用いて、少し別の形で証明させる問題が、阪大の2003年後期の入試問題4番で出題された。ネットでも紹介されているようである。

πの歴史について、原論文を紹介しているのが
   Lennart Berggren, Jonathan Borwein, Peter Borwein
   Pi: A Source Book, 1997, Springer

である。Lambert, Lindemann, Nivenの論文も収録されている。

3月14日生まれの数学者

数学者ではないが、1879年生まれのAlbert Einsteinが3月14日生まれの一番有名な科学者であることは疑う余地がない(アインシュタインより有名な人物を探すのも難しい)。
数学者としては、πに一番近い研究をしたのが、Waclaw Sierpinski (1882生)。シェルピンスキーの三角形などフラクタル曲線の研究が有名であるが、

  原点中心の半径rの円に含まれる格子点(x,y座標がともに整数)の数をR(r)とすると
  定数Cが存在して |R(r)-π r^2|<C r^k となる定数kがある。
  kの最小値dはd≦2/3 である。

という結果を出している。この問題は、ガウスが先に考えており、ガウスは d≦1 としている。現在どこまで精密化されているか知らないが、 d≦7/11 までは得られている。
シェルピンスキーはまた、正規数についても研究がある。N進正規数というのは、実数aをN進展開したとき、その桁に現れる数字0~N-1が等しい確率で現れるというものである(正確には、N新展開して、それをr桁ずつ切ったときに、そこにあらわれるr桁の数字が等しい確率で現れることまで要求する)。そして、任意のN(≧2)に対してN進正規数であれば、正規数という。
シェルピンスキーの論文は

Démonstration élémentaire du théorème de M. Borel sur les nombres absolument normaux et détermination effective d'une tel nombre.
Bulletin de la Société Mathématique de France, 45 (1917), p. 125-132

である。もともとはE.Borelが示した結果を簡単にしたものである。

円周率πが正規数かどうかは不明である。数値実験によって、π、eや代数的な無理数は正規数であろうと予想されているが、証明はない。「πの小数展開を先の方まで見ていけば、どんな有限数列も出現する」はずである。

2014年2月20日木曜日

最速降下法

最速降下法(鞍点法)について


最速降下法(鞍点法)について、文献が交錯してるようなので自分で整理し直した。

ピエール=シモン・ラプラス

∫g(x) exp(λf(x))dxを近似する「Laplaceの方法」はもちろんピエール=シモン・ラプラスによる:

 「Theorie analytique des probabilites」(1812)

Laplaceの「確率論―確率の解析的理論―」は共立出版・現代数学の系譜から邦訳もある。Laplace変換の原始的な形で表れているが、Laplaceはすでに先を見ていた。

複素積分へ~Cauchy

さて、問題はこのLaplaceの方法を複素積分で考え、「最速降下線」を考察する場合である。Laplaceの時代は、まだ複素解析がなかった(というよりも、実解析という意識もなかったと思われる)。複素積分を意識して始めたのは言うまでもなくAugustin Louis Cauchyである。そして、Cauchy本人が,最初に最速降下法を扱っている:

Mémoire sur divers points d'analyse
Mém Acad France, 8 (1829), 97-100,101-129

最速降下法の確立~Nékrassov

Cauchyの手法をさらに進めたのが、ロシアのP. Nékrassovである。Nékrassovは逆関数を求めるLagrangeの反転公式を最速降下法で考察した。次のp.490
Serie de Lagrange et expressions approchées des fonctions des grands nombres. Chapitre III
Mat. Sb., 12 (1885),483--578

このロシア語論文は西側には知られなかったが、ロシアでは有名だったようだ。

話を戻して~RiemannからDebyeへ

ベッセル函数の漸近解析などで必要になることもあって、最速降下法を最初に考察したのは、ノーベル化学賞受賞者であるP. Debyeである、と書いてあるものもある

Nährungsformeln für die Zylinderfunktionen für große Werte des Arguments und unbeschränkt veränderliche Werte des Index, Math. Ann. 67(1909), 535--558

Debyeが元にしたのは、B.Riemannの未発表論文
Sullo svolgimento del quoziente di due serie ipergeometriche in frazione continua infinita,
Bernhard Riemann's Gesammelte mathematische Werke (1876), 400--406
である。Riemannは、このイタリア語論文では超幾何積分を最速降下法で扱っていた。

Watsonの補題

Bessel Functionのテキストで有名なG. N. WatsonもDebyeとほぼ同時期にWeber函数の漸近展開を考察する際に最速降下法を使ってる。

The Harmonic Functions Associated with the Parabolic Cylinder
Proc. London Math. Soc.  s2-8 (1910)  393-421

さらに、∫g(x) exp(λf(x))dx型の積分の漸近展開を与えるWatsonの補題

The Harmonic Functions Associated with the Parabolic Cylinder
Proc. London Math. Soc. s2-17 (1918)  116-148

で与えられている。論文題名が同じなので紛らわしい。

参考文献

西欧で知られていなかった、Nékrassovの論文を紹介したのが以下の論文である。最速降下法の歴史について参考になると思う:

Svetlana S. Petrova, Alexander D. Solov'ev.
The origin of the method of steepest descent.
Historia Mathematica 24(1997), 361--375.

2013年9月18日水曜日

Jean Painleve: Science is fiction 

Paul Painlevé の子供Jean(1902-1989)は、科学映画の製作者として知られる。伝記
Science Is Fiction: The Films of Jean Painlevé」 (左の写真は表紙) 
が詳しいので、それを読んでいただくのが一番です。
1920年代に、はじめて映画のカメラをもって海中撮影して、科学ドキュメンタリ映画を
人々に楽しめる形で撮ったことが最大の功績でしょう。

また、Jeanの制作した23本の映画はDVD”Science Is Fiction: 23 Films by Jean Painleve” にもなっている。youtubeでもみられるので,そのリンクを張っておこう


  • THE OCTOPUS (LA PIEUVRE)
    1927 * 13 minutes * Black & White
  • SEA URCHIINS (LES OURSINS)
    1928 * 10 minutes * Black & White
  • DAPHNIA (LA DAPHNIE)
    1928 * 9 minutes * Black & White


SILENT RESEARCH FILMS

FILMS FOR LE PALAIS DE LA DÉCOUVERTE

ANIMATION
  • BLUEBEARD (BARBE-BLEU)
    1938 * 13 minutes * Gasparcolor


以上がDVDに収録されているものですが、それ以外にも
     1927 * 9 minutes * Black & White

など、他にもあるようです。