は正規分布などを考察する上で基本となるもので、通常は理工系大学1年の終わり頃に微積で習うことが多い。
この積分は、ガウス積分(Gaussian integral)と呼ばれることが多い。後で述べるようにこの積分を発見したのはラプラス(Pierre-Simon Laplace)であり、なぜガウス(Carl Friedrich Gauss)の名前で呼ばれるようになったのかよくわからないが、数学に出てくる対象は発見者の名前がつかないことが多いので珍しいことではない。
ガウス積分の発見
ガウスは1777年4月30日生れ1855年2月23日死去であり、早熟の天才ではあったがさすがに主要な業績は正17角形作図可能性を示した1796年以降になる。他方でラプラスはガウスの生れる前、1774年の記念碑的論文PS Laplace, "Mémoire sur la probabilité des causes par les événemens," Mémoires de l'Académie royale des sciences presentés par divers savans 6, 1774, p. 621--656. Oeuvres 8, p. 27--65.
でこの正規分布の積分を計算した。全集t.8 p.36に示されているがStephen M. Stiglerによる英訳もある。ここでの計算は少しわかりにくい。
ガウス積分の計算
Steven R. Dunbar, Evaluation of the Gaussian Density Integral に何通りか証明が紹介されているので参照して欲しい。
ポアソンの方法
ガウス積分の計算方法で現在最も普及していると思われるのは積分を二つ掛けて重積分とみて、極座標に変換する方法である(上記 Dunbar のp.3の下の方から)。
この計算法を見いだしたのはポアソン(Siméon Denis Poisson)であるが、ポアソンの原論文は分からない。ポアソンの方法を広く紹介したのはスツルム(Charles François Sturm)で、彼の著わした微積分の教科書"Cours d'analyse de l'École polytechnique" vol..2 (1859年)のp.16以降に紹介されている。
このポアソンの証明がその後大きく普及したためか、ガウス積分のことをポアソン積分と呼ぶこともある。ただ、ラプラシアンのディレイクレ問題に表れるポアソン積分と混同しやすいのでさほど一般的ではない。
ポアソンの方法は極座標変換のありがたみをわかりやすく教えてくれるよい例になっているが、ヤコビアンが出てくるところは大学数学になる。
実はガウス積分の計算は高校数学のちょっとした延長でできる(広義積分とか二重積分の順序交換可能性は黙って認める)。
ラプラスの別方法
実はラプラスは1774年の最初の証明の後、別証明を与えている。1812年に出版されたこれも歴史的に重要な本"Théorie analytique des probabilités" (邦訳・ラプラス確率論 現代数学の系譜・共立)のp.96の一番上の式である。本の書き方はわかりにくいが、上記 Dunbar のp.4がわかりやすい。要するに同じようにガウス積分の2乗を考えているが、一変数の置換積分しかやっていないので高校生でも理解できる。
回転体と見る
三番目の方法は z=exp(-x^2-y^2) という曲面を、曲線 x=√(-log z) (0≦z≦1) をz-軸周りに回転させたものと思って回転体の体積の計算を行うものである。上記 Dunbar のp.5に書かれている。この証明は誰が見いだしたかよく分からない。Dunbarは2005年に S. P. Evesonという人が発見したと書いているがもっと以前からあるのは確かである。
一変数の積分として計算
以上の方法は本質的にはすべて重積分の計算になっている(回転体も本来は重積分による体積計算である)。ガウス積分は一変数の積分なので重積分を使わないで証明できないのかと考えるのは自然である。一変数の積分だけで証明しようとするとかなり大変だが可能であり、上記 Dunbar のpp.6-7に書かれている。
ここで証明の鍵になるのはウォリスの積公式
である。この証明を誰が見いだしたのかはよくわからないが、かなり前から知られていたのは確かである。ウォリスの積公式じたい sin^n x の定積分からの極限として得られるが、この積分はガンマ函数で表示でき、Γ(1/2)はガウス積分に変換できるので、逆にガウス積分がわかればウォリスの積公式が導かれる。
留数定理による計算
ガウス積分を留数定理を用いて計算することは困難だと昔は考えられていた、たとえば、
G.N.Watson の"Complex Integration And Cauchys Theorem" (1914)の一番最後には「ガウス積分はコーシーの積分公式では求まらない」と記してある。逆に「コーシーの積分公式を使って求まる定積分は、リーマンによる積分定理の証明から必ず重積分で求まることがわかる」とも書かれている。そして、Watsonの本を参照したであろうE.T. Copsonの"Theory of the Functions of a Complex Variable"(1935)にも同様のことが書かれている。
しかし、1949年のGeorge Pólya "Remarks on Computing the Probability Integral in One and Two Dimensions" の5節に exp(πiz^2) tan z の複素積分を用いてガウス積分を求める方法が示されている。実は、すでに
L. J. Mordell: 'The Value of the Definite Integral, Quarterly J. Math. 48 (1920), 329-342.
でもガウス積分を含むより一般の定積分を複素積分を用いて計算してある(未見)。詳しくはPeter M Lee "The probability integral"を参照されたい。
以上のようにガウス積分の求め方は色々あって、逆に言うと解析学の道具の良い実験材料になっている。
ガウス積分とスターリングの公式
ガウス積分はスターリングの公式の√2πとも関係がある。n!~c・√n・ e^(-n)・ n^n となる定数cの存在を示したのがド・モアブル、c=√2π であることを求めたのがスターリングである。この辺の事情については、統計学のカール・ピアソンによる解説
Karl Pearson "Historical Note on the Origin of the Normal Curve of Errors"
を参考にして欲しい。